リレー怪談~占い百物語~

一人が話を語り終えると、その知り合いがお題を引き継いでまた語るリレー方式の百物語。そしてそれを語るのは、いずれも現役の占い師たちです。もちろん、ここでご紹介する怪奇談の全ては、彼らが実際に体験した実話ばかり。

第8回

Sasakiの絵

霊能館公開

一昨年の初夏に遭遇した出来事です。

ある日、娘の幼稚園で知り合ったママ友から突然、ファミレスで相談を受けました。その人の名は美幸さん。うちの娘と向こうのお嬢さんがとても仲良しで、それがご縁となって園へのお迎えの帰りなどにお互い子供連れでお茶をしながら子育ての苦労話などを語り合う仲でした。

美幸さんは結婚当初から旦那さんの実家で舅姑と同居しており、そちら方面の愚痴を聞かされることも多くて少しうんざりはしていたのですが、それ以外は世話好きで明るい性格の人だったので、こちらもそつのないお付き合いを続けていました。

そんな美幸さんがいつになくやつれたような表情を浮かべていたので、
「どうかしたの?」
と訊ねてみると、
「今、ちょっと家の中でとてもおかしなことが起きていて、できたら相談に乗って欲しいの」
と頼み込まれたのです。

彼女は私が占い師の仕事をしていることも知っており、何なら見料もきちんと払うとまで言われてしまい、もちろんお金など受け取る気はなかったのですが、そこまで深刻な悩みを抱えているのかとつい心配になって、話を聞いてしまいました。

「じつは義父の様子が最近、すごくおかしくなっているの」
「どんな風に?」
「1ヶ月近く前に近所のゴミ捨て場から大きな油絵を拾ってきたの。それからその絵と向かい合いで独り言を言い始めて、そのうちに義母との間もおかしくなっちゃって、急に女狂いみたいなことまで始めちゃって……」

美幸さん自身が動揺しているせいか、話が断片的で支離滅裂だったため、何度も聞き返さなくては全貌を理解することはできませんでした。その内容を掻い摘んで書くと、彼女の義父さんはいたって常識的で真面目な人で、なおかつとても倹約家だった。それがある日、散歩途中の路上のゴミ置き場から1枚の風景画を拾ってきて、いきなり性格が豹変した。パチンコや競馬に夢中になって毎日、義母さんと大喧嘩をするようになり、そのトバッチリが自分と娘に向いてとても困っている。また、密かにキャバクラやいかがわしい風俗通いまでしているようで、つい先日の夜、仕事帰りの旦那さんが駅前の繁華街を歩いていたところ、自分の父親がケバケバしい姿の若い女と連れ立っている現場を偶然目撃してしまったのだそうです。

「とにかく、その絵を家に持ってきてからそうなったのよ」
「さっき独り言を言い始めたって、それはどういうこと?」
「そう!一番、聞いて欲しかったのはそこなの。土日にね、義父は自分の書斎に引き篭もってずっと絵に話し掛けているの。それで私がお茶を淹れて持っていった時、すごく変な物を見てしまって……」
「何を見たの?」
「ほんの一瞬だけだったんだけど、義父のすぐ後ろに緑の服を着た小柄な女が立っているのが見えたのよ!あれは絶対、幻覚なんかじゃないわ。きっとあの絵、呪われているのよ!奈々さん、お願いだから何とかして!」

彼女の脅え方は尋常ではなく、娘さんに危害が及ぶことをとても恐れているようでした。同じ年頃の子供を持つ身としては、たとえそれがただの勘違いだったとしてもとても放っておけるような気持ちにはなれませんでした。それでそのままファミレスから、彼女の家へ向かったのです。

念のため子供たちを車に残して玄関口から中へ入ると、義父母は共働きとのことで、2階建ての大きな家の中はシーンと静まり返っていました。

長い廊下を渡って美幸さんが義父さん専用の書斎のドアを開くと、問題の絵は部屋奥の壁に飾られていました。

山間の湖のような場所で真っ赤な夕日が沈んでいく風景が描かれている、印象派風のタッチの油絵でした。正直、私は絵のことは分からないので、それが本職の筆による作品なのか、それとも素人が趣味で描いた物なのかの判別さえつきませんでした。しかし一見した限りではとくに異常な雰囲気などは感じず、拍子抜けしたことを覚えています。キャンバスの下方の隅には、ローマ字でSasakiとサインされていました。

「どう?何か感じる?」
「ごめんなさい。私、ただの星占い師で霊能者とかじゃないから、特別に何かが見えたりはしないのよ。でも、知り合いにそういう人がいるから、近いうちにこの絵を見てもらおうか?」
「お願い!できるだけ早く来て欲しい!」
「じゃあ、今とりあえずコレ、スマホで撮ってその人に送ってみるよ」

それからほんの数分後、同業者である霊感の強い女性から直接、電話が掛かってきました。
「うわっ、はやっ!」
驚きながら通話を始めると、
「奈々ちゃん、それ、すごくまずいよ!すぐにその場から離れて!」
といきなり耳許に大声が届き、危うくスマホを取り落としそうになりました。

それで訳が分からぬまま、慌てて美幸さんの手を引いて彼女の家を飛び出し、子供達が待っている車内へ戻ったのです。するとそれとほぼ同時に、道路の向かいから近づいてくる人影が見えました。凄まじい怒りの形相を浮かべた、背広姿の初老男性でした。
「お、お義父さん……」
「えっ?嘘っ」
義父さんは私たちのことは全く気づかない様子で、荒々しく門扉を開くと家の中へ飛び込んでいきました。そしてすぐにまた、玄関の外へ飛び出してきたのです。

片脇には、あの風景画が抱えられていました。そのまま来た道を再び遠ざかっていく影を見つめながら、美幸さんとその幼い娘は涙目でガクガクと震えていました。

その後、現在に至るまで義父さんは行方知れずになっているそうです。写真を送信した霊能者の女性からは、
「経緯は全然分からないんだけれど、あの絵の夕日の赤い部分、人間の血を混ぜた絵の具で描かれているの。それでそのことをひどく恨んでいる女の霊が取り憑いていて、奈々ちゃんたちに襲いかかるビジョンが見えたから、あの時に慌てて怒鳴ってしまったのよ」
と言われました。

「それでその義父さんね、たぶん絵に描かれた場所にいると思う」
「生きてるの?」
「ううん、生きてない。あの絵と一緒に湖の底に沈んでる。でも、このことはご家族には言わない方が良いと思う」
忠告に従って結局、美幸さんには言わずじまいとなりました。その後すぐ、ご夫婦と娘さんはあの家を出て遠くへ転居してしまい、同時に親交も途絶えました。