男と女のドロドロ心霊体験

二十年以上にわたり、様々な悩み相談に携わってきたベテラン女性霊能者が、男女関係にまつわる不思議な話や恐怖の霊体験をご披露します。この世に男と女がいる限り、愛憎のトラブルが尽きることはありません。

第2回

「ずっと見守っているからね」

霊能館公開

五年近く前の話です。生き霊に取り憑かれて困っているという若者が、私の事務所を訪れてきましたその男性の名前は仮に純也さんとしておきます。年齢は当時、二十五歳。中規模メーカーで働くサラリーマンで、容貌は若手の某イケメン俳優にそっくり。会った時の顔はひどくやつれていましたが、それがまた端正な顔立ちに独特の陰影を与え、その手のタイプが好きな女性なら間違いなく心惹かれるほどの魅力を放っていました。

純也さんには大学時代から交際を続けていた恋人がいたそうです。しかし三ヶ月前、彼の側から別れを切り出す形で関係を解消。「とくに彼女に不満があったわけではないんです。真剣に結婚を考えた時期もあったくらいですから。でも僕、ちょっと天狗になっていたんですよ。会社で複数の女の子からアプローチを受けたり、飲み屋なんかでもしょっちゅう逆ナンとかされたりしていて、もっと素敵な子との出会いがあるはずだなんて欲をかいちゃったんですね」そう言うと彼は力無く笑い、そしてぐったりとうなだれました。

恋人とは修羅場になるようなこともなく、拍子抜けするくらいすんなりと別れることができたそうです。おまえは俺みたいな男にはもったいない。給料も安いし職場でもうだつが上がらない。このまま結婚しても苦労するだけだ。今のうちにもっと素晴らしい男を見つけて幸せになってくれ。相手の手を握りながらそんな空々しい言葉を続けていると、彼女は全てを悟ったように深くうなずき「純也って見かけによらず抜けたところがあるから、ちょっと心配だわ。何か困ったことがあったら、いつでも私に話してね。別れてもあなたのこと、ずっと見守っているからね」と言って大人しく去って行きました。

別離の翌日、彼がいつものように出勤してデスクワークに励んでいると、ふいに課長から肩を叩かれました。「ちょっと話があるんだが」「何でしょうか」「ここじゃまずいから、ちょっと来てくれ」そのまま休憩室へ連れて行かれると、いきなり睨みつけられたのです。「君のプライベートに口出しするつもりは毛頭ないが、さすがに出勤時にあれはまずいだろう!」言われた意味が分からずきょとんとしていると、「今後はくれぐれも慎んでくれよ」と言い残して、課長は勝手に去っていきました。(一体、何を注意されたのだろうか?今朝、ただいつものように普通に出勤しただけだが。そういえば会社のビルの入る前に手前の広場で缶コーヒーを飲んで一服していたが、まさかそんなことで咎められるはずはないよな)自分のデスクに戻ってからも首をひねるばかり。結局そのまま正午まで過ごして昼食を摂るためにオフィスから出ると、今度は隣の課にいる同期の友人がいきなり寄ってきて「おい、おまえ大胆だなぁ~」とニヤニヤ顔で冷やかしてきたそうです。「どういうことだよ!」と思わず問い詰めると、その友人は自分が出勤の際に見た光景を純也さんに伝えました。

「そいつが言うには朝、僕が会社前のベンチで髪の長い女を膝に抱いてイチャついていたって……。もちろんそんなことをした覚えはありません。でも、はっきり見たっていうんです」その日を境に、女の影はたびたび純也さんに付きまとうようになったそうです。しかし彼自身にはその姿が見えない。それどころか気配すらも感じられない。ある時は勤務中のオフィスで、またある時は赴いた取引先のロビーで、あるいは行きつけのバーのカウンターなどでも女は不特定多数の人々に目撃され、純也さんは次第に追い詰められていきました。深夜に残業する彼の背後からそっと覗き込む女の姿を偶然見てしまった女子社員が、その場で失神しかけて騒ぎになったこともあった、とも聞きました。

「先生、どうにかしてください。このままだと会社を辞めなくちゃなりません。実際に見たという連中からその姿形を聞く限り、別れた彼女であることはほぼ間違いないんです」「その後、彼女と連絡は取らなかったのですか?」「携帯に何度も電話しました。でもコールが続くだけで全然出ないんですよ」「職場やお住まいへ直接行かれたことは?」「派遣の仕事をしていたんですが、確認した時にはもう辞めていました。それに彼女、実家住まいだからそこへ押しかけるのはさすがに気が引けて……」

そこまで事情を聞いたところで私は霊視を開始しました。当の女性は薄暗い道場のような空間に正座し、一心不乱に祈りを捧げていました。どうやらその場所は密教系の新宗教の修行場のようでした。具体的な組織名や所在地まで特定しようと試みたのですが、入念に張られた結界に阻まれてそれ以上の情報を得ることはできませんでした。ただ彼女が繰り返していた言葉だけははっきりと聞こえました。「純也を一生見守り続けます。たとえ死んでも純也から離れません」ひたすらそう念じていました。

その後、定期的に浄霊を施すことで純也さんを悩ませていた心霊現象は何とか治まりました。そして今でも彼は私の事務所へ通い続けています。五年の歳月が過ぎてもなお、例の女性が飛ばしてくる生き霊の念波動は途切れることがなく、油断をすると再び姿を現してくるのです。彼女がどこで祈り続けているのかはいまだに特定できてはおらず、その実家の家族もすでに転居してしまっているため余計に分からなくなっています。たまに私が「興信所に頼んで調べてもらってはいかがですか」と訊くと、純也さんは決まって首を横に振ります。「仮に彼女の居場所が分かって生身の本人と再会することにでもなったら、それこそ恐ろしいじゃないですか。少なくとも生き霊は僕の目には見えませんから、かえって安心なんです」とのことです。

【教訓】
別れ話を切り出す際に良い人を演じるのは欺瞞でしかありません。そうした思わせぶりな優しさは、結果的に振られた相手の心をいっそう深く傷つけることになります。