見えるひと

ごく普通の大学生活を過ごしていたところ、普通では見えないものが見える同級生K子と出会ったことで、様々な心霊現象を体験し始める。最初はそれまで縁のなかった霊という存在を怖がるだけだったけど、体験するうちに自分たちを取り巻く霊に興味が湧いてきて……。

第3回

肝だめし大会

霊能館公開

夏と言えばやっぱり心霊スポットでしょ!と言う同じゼミのA太が中心となり、いつの間にか「肝だめし大会」が計画されていた。春の飲み会で霊が出るという1人暮らしのA太の家に集まったメンバーは強制参加で、渋る俺とK子はA太の高いテンションに押し切られ付き合うことになってしまったのだが。K子にそういうところへは行かない方がいいと言われたばかりだったから、あまり気乗りはしなかった。

「Sトンネルの話は聞いたことある?」
ハンドルを切りながらA太が口を開いた。レンタカー2台に分乗して、A太の運転するこちらの車には俺とK子が後部座席に、B子が助手席に座っている。対向車のヘッドライトがあたり、眩しさに目を細めた。今夜行く予定のSトンネル。話を振られても怖い話の類に興味のない俺にはピンとこなかったが、B子が「知ってる!」と少し興奮した声を出す。
「友達でも霊を見たって子がいるよ。あそこホントによく出るみたいねー」
「工事の時に作業員が死んで、その弔いをきちんとしなかったために、残った怨念が多数の事故を引き起こして……その事故で死んだ人の霊もまたトンネルに残ってすごいことになってるっていう」
「なんだそれ」
A太の話に若干呆れた声が出た。すごいことになってるって、どんなだよ。
「いや、ホントすごいんだって。夜通ると幽霊の姿を見たり、苦しそうな声が聞こえたりさ。金縛りにあって事故を起こすドライバーも多いらしいよ」
「じゃあA太くん気を付けてよ」
K子が冗談を言うように、だけれど内心真面目に言っているのが俺にはわかった。
「勿論。ほら、オレは霊に強いから大丈夫だって」
あながち間違っていないセリフに苦笑をもらす。A太は知らないだろうが、こいつの守護霊は強いと、K子から教えられていた。
「とりあえず今日はさ、トンネル通る時に写真撮って、それに何が写るかって企画だから」
「なんかわくわくするね」
A太とB子が前の方で盛り上がる。横目でK子を見ると、同じような視線がこちらに向けられていた。ごく小さな声で「大丈夫なのかよ」と訊いてみる。K子からは「大丈夫ってわけじゃないけど……」と何とも曖昧な答えが。おいおいそれってどうなんだ、怖い目に遭うのはごめんだぞ、と思っているとA太が「もうすぐトンネルに着くぞ」と声をかけてきた。車は暗い山道を走り、道路を照らす街灯の数も減ってきている。
「見えてきた!」
B子が明るい声を出す。暗い道の向こうに、オレンジ色の光に照らされたトンネルが見えていた。見た目はボロボロとかそんなのではなく、ごく普通のトンネルに見える。少し拍子抜けしたが、それが間近になったところで嫌なものを感じた。車内に効いた冷房のせいではない、ぞくりとした寒気を覚える。トンネルに入ると、すっと車内の温度が2度ほど下がったように思えた。
「結構長いトンネルだからさー。中間地点くらいで写真撮ろうぜ!おっ、後ろもしっかり付いてきてるな」
A太がバックミラーを見ながら話す。後ろには2台に分かれたもう1台の車。
窓の外を独特の色をした明かりが流れて行く。トンネル内の空気を切る音か、走行音が反響するのか、騒音に近い大きな音が耳には届いていた。嫌な感じは続いており、K子はどうなんだと隣を見るが、K子は窓の外を見てて様子がわからない。
「……」
何回かの心霊体験を経て、わかるようになってしまった。取り敢えず見えてないが、このトンネルというかこの車内には、何かいる。
「写真撮るよ!まずはA太くんから」
B子がデジカメを取り出し、まずはと運転中のA太から撮影を始め、次に後ろの2人も~!とレンズを向けてきた。にこりともせずレンズに顔を向けるK子の横で、引き攣った笑いにならないよう笑顔を作りながらVサインを出した。フラッシュの眩しさに一瞬目が眩む。B子は引き続き車内の様子と車外の写真を数枚とってカメラをしまった。
「そろそろ出口のはずだけど……何もなかったなー」
進行方向に、ぽっかりと空いた黒い出口が見えてくる。ゾクゾクとした寒気が消えることはなかったが、A太の言う通りホント何もなくてよかったよ、と安堵しながらK子の方を見た。何気なく、足元に吸い込まれる視線。
「ッ!!」
そこにはK子の足を掴む白い手が、下から生えていた。やばい、これやばいだろう!思い焦ってK子に声をかけようとするが、何と言っていいのかわからない。その上K子は今もまた窓の外を見たままだった。
「抜けたー!」
そんな俺たちのことにはまったく気付かないA太が嬉しそうな声を上げると同時に、K子の足を掴む、車の下から出ていた白い手はすっと消えてなくなった。ごくりと、口の中に溜まった唾を飲み込む。
「守護霊が強いって、ホントお得だね」
K子がため息を吐き出しながら言った。

その夜撮った写真は、B子がどれだけ頑張っても「データが読み込めません」とエラーが出るだけで、見ることはできなかった。