見えるひと

ごく普通の大学生活を過ごしていたところ、普通では見えないものが見える同級生K子と出会ったことで、様々な心霊現象を体験し始める。最初はそれまで縁のなかった霊という存在を怖がるだけだったけど、体験するうちに自分たちを取り巻く霊に興味が湧いてきて……。

第4回

祓い屋

霊能館公開

三日前、K子から届いたメールにはなかなか衝撃的なことが書いてあった。この間の肝だめしでK子は嫌なものを引きつけたらしく、それを祓いに祓い屋に会うけれど俺も来るか、と。知り合いに祓い屋がいることは聞いていたが、まさかこんな機会がやって来るとは。最近の心霊体験から少し霊に対する好奇心が芽生えていた俺は、二つ返事で行くと答えた。祓い屋というからにはやはり住職とか、そういった道に通じた人なのだろうか。なんとなく聡明そうな男性をイメージしながらその日を迎えた。

「初めまして、Y川です」
「あ、O田です。初めまして……」
K子に連れられ顔を合わせた祓い屋は、ごく普通の家に住むごく普通のおばさんだった。本当に普通すぎて、この人が祓い屋だと言われてもそう簡単には信じられない。
Y川さんがアハハッと大きな笑い声を立てる。
「私のこと疑ってるみたいね!無理もないでしょうけど、仕事はきっちりやるから。安心して」
「はあ……」
気の抜けた返事をするとK子がわき腹を小突いてきた。
「祓ってもらうのは私なんだから、失礼なことしないでよ」
「O田くんはいい守護霊様が憑いてるのねえ。これなら私のところに来る機会がなさそうでいいわ」
「本当。羨ましいですよ」
K子の言葉にY川さんが目尻を下げてK子を見つめる。そして早速、「おいで」と家の奥にある部屋に通された。部屋の大きさは普通の六畳間だが、中は普通と違っていた。部屋には立派な仏壇が置かれており、その中には何かの仏像が祀られている。そして仏壇の周りにもお札や台座のようなものや、色々と普段の生活では見かけないものが多数置かれていた。Y川さんがK子と俺に数珠を渡しながら喋る。
「今日はどうしたの?」
その質問にK子が渋々といった感じで答えた。
「実はこの間肝だめしでSトンネルに行って……」
「まあ!K子ちゃんが肝だめし……珍しいこともあるものねえ」
「お守りも持って気を付けて行ったつもりだったんですけど、憑かれたみたいで。霊障や金縛りが結構あります」
Y川さんがじっとK子を見つめ「確かに、憑かれてるけど」と当たり前のように言う。非日常的な言葉のやり取りに、頭がどうにかなりそうだと思った。
「ああ。O田くんも一緒に行ったのね。それでK子ちゃんだけが憑かれたと。あなたは霊を引き込みやすいんだから、気を付けないと」
「わかってます。とにかくお願いします」
Y川さんがわざとらしくため息を吐き出す。まるで言うことを聞かない娘を見る母親のようだ。「じゃあ座って」とK子が仏壇の前、Y川さんの後ろに座り、俺は部屋の隅で見守るよう指示される。蝋燭の火が灯され、電気が消された。数珠を手に合唱するK子の後ろ姿を眺めていると、Y川さんは一度チーンと鐘を鳴らし、お経に似た不思議な呪文(あとでK子に教えてもらったが、マントラというものだそうだ)を唱え始めた。その場の空気が変わったことが俺にもわかり、自然と背筋が伸びる。何とも言い難い緊張感が全身に走っていた。
「……う、ぅ」
K子の口から呻き声が洩れ、体が小さく揺れる。前を向き仏像に向かって呪文を唱えていたY川さんがK子の方へと向き直り、耳元で何かを囁く。何を囁いているのかは聞きとれなかったが、ビクッとK子の体が大げさに跳ね、Y川さんは鐘を鳴らしながら大きな声で呪文を唱え続ける。
「う……ぁ、うう…」
K子のものとは思えない不気味な、低い呻き声がしきりなしに出てきていた。Y川さんは時折K子の肩や背を叩き、耳元で何かに向かって囁き続ける。ゾゾッとした寒気が全身を取り巻き、キィンと耳鳴りが聞えたと思ったら、K子がガクガクと痙攣を起こしたかのように震え始めた。
「っ!」
息を飲む。Y川さんがこれまでにない大きな声を張り上げバシバシK子の背を叩くと、K子は低い悲鳴のような声を上げガクリとうなだれた。
「……K子?」
静かになった中でK子を呼ぶ。反応のないことが心配になるが、Y川さんはそんな俺を見て微笑む。
「K子ちゃんは大丈夫よ。すぐに気を取り戻すわ」
その言葉通り、すぐにK子は意識を取り戻した。そして、少し憔悴した様子ではあったけれど、Y川さんに頭を下げ礼を言っている。気付けば寒気も耳鳴りも消えていた。が、あの不気味な唸り声は耳の中に残ったままだった。
「今回は簡単に祓えたからいいけど、危ないことはしないようにね」
苦笑するK子と俺に、Y川さんが少し哀しげな、真剣な目をして言う。
「O田くんもよ。この世には祓いきれいない霊もいて、何年も続く霊障に苦しむ人だっている。興味本位で危ないところに行ってはいけないわ。特にK子ちゃんは、わかってるでしょう?」

Y川さんの家を出て、問題は解決したというのになぜか浮かない顔をしているK子に「わかってるでしょう、ってどういうこと?」と尋ねてみる。前に聞いた、K子の見た“本当に危ないもの”。
「……昔の話」
K子は苦々しい顔をして笑った。