旅先で遭った怖い話
~旅行添乗員・幽子の備忘録~

現役の旅行添乗員にして霊能者でもある女性が、旅先で体験した様々な心霊実話をお伝えします。心霊スポットとしても有名な観光地、霊が出ると噂されるホテルや旅館。

第3回

目を釣り上げた毛むくじゃらの女……(茨城県K市)

霊能館公開

昨年の秋、コンサルティング会社が主催する研修ツアーに同行して茨城県のK市を訪れる機会がありました。じつは主催元の社長さんは以前からの知り合いで、私と同様に「視える人」なのです。また霊的な方面だけでなく風水や方位開運法などにも詳しい方で、とくに奇門遁甲を基本にした効果の高い方位術については私も色々と学ばせていただいています。

そんな社長からある日、連絡が来て、
「今度、北東の吉方位に合わせて顧客企業と個人を対象にしたバスツアーを実施しようと思っているんだ。ついてはいつものようによろしく頼みますよ」
と依頼されました。当日は北東に最高ランクの吉方が巡る日だそうで、東京都心から見て茨城のK市は北東と北の境目近くに位置しているので、各方位の中心を取るという奇門遁甲の原則からは外れるものの、日本三大稲荷のひとつに数えられる有名な稲荷神社を参拝して財運と事業運の運気を授かるのが目的だと話していました。
「当日は事業運を上げる特別セミナーもやるつもりだから、良かった幽子さんもそれに出席してぜひ僕の話を聞いてよ。もちろん君のセミナー料はタダにしてあげるからさ」
そう言って豪快に笑う社長の明るさに釣られて、こちらも気分が良くなりました。とにかくこの社長は、人のテンションを上げる天才なのです。

バスツアーの当日は、二台の大型バスを連ねて早朝に新宿を出発。方位術の実践を目的とした旅行や移動というのはとにかく出発時間の厳守が大事ですから、その辺はかなり気を遣いました。幸い急な欠員や遅刻者、道路渋滞などのトラブルが起きることもなく、予定通りのスケジュールで現地へ到着。神社付近では参加者全員が自由行動となり、昼食を挟んで3時間ほど滞在しました。

日頃から稲荷神社を信仰している社長が自ら現地の案内を買って出て、大勢の参加者を引き連れながら各所の説明をしている姿がとても面白かったです。
「どう?君のガイドより僕の方が上手いでしょう」
そんな台詞に苦笑いしながら、私は参加客の皆さんより一足先に境内へ入り、拝殿と本殿をお参りさせていただきました。

主祭神である宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)にご挨拶申し上げた後、他の神様方が鎮座する末社を巡り歩いているうちに、稲荷神ご眷属のお狐様ともお会いすることができました。そのお狐様は七本の尾を持つ美しい白狐で、私がこの神社へ伺った時には必ず姿を現してくださいます。その日も晴れ渡った秋空の彼方からフワリと舞い降り、周囲を飛び回って歓迎してくれました。
「よく来たね!」
「はい、お元気そうでなによりです。また、おかげさまで今回の仕事もつつがなく終えられそうです」
「それはどうだろう。ちゃんと人数を調べた方が良いよ」
お狐様はそんな謎の言葉を残して天空へ消え去りました。
(え?どういうこと?もっとちゃんと教えてよー)
慌てて呼び戻そうとしたのですが、すでに時遅く気配は消えていました。

昼食の後、バスの集合時間となり、あちらこちらへ散らばっていた参加者たちが駐車場へ戻ってきました。先刻のお狐様からの警告もあったので、チェック表と照らし合わせて慎重に客員数を確認したのですが、どうしても1人足りないことが判明しました。その女性客は途中まで社長と一緒に行動していたのですが、参拝後に「ちょっと焼き物の店を見てくる」と言って集団から離れて行ったそうです。集合時間を15分過ぎても彼女は戻らず、一緒に参加したその知人が携帯に電話を掛けましたが、いくらコールしても応答無しでした。

すると突然そこにまた、あのお狐様が姿を現したのです。私の傍らにいた社長も見えたようで、「おお、オーブの中に白狐がいる!」と驚いていました。お狐様はこちらを一瞥すると「ついてこい」という仕草でゆっくりと空中を移動しはじめました。

「すみません。ちょっと行ってきます!」
そう言うとと、社長も心得たとばかりに私と並んで歩き始めました。誘導されるまま街中を過ぎ、大きな自然公園の辺りに差し掛かった頃、その入り口近くにあるお稲荷さんとは別の神社の前で白い姿が忽然と消えたのです。
「たぶんこの奥だと思います!」境内へ至る石段を社長と2人で登って行くと、その半ば辺りに人影が立ち尽くしていました。その姿を見て私たちは思わず立ちすくみました。
「なんじゃ、こりゃ!」
見た目の姿形は人間の女性なのですが、両目は直角に近いほど釣り上がり、頬と両腕は毛むくじゃら。まるで変身途中の狼男のようでした。それが歯を剥き出してこちらを睨みつけてきたので、私はとっさに九字を切り、知り合いの祈祷師から教わった退魔の呪文を唱えました。

すると女の身体が前後に激しく揺れ始め、やがてそこから黒い湯気のような邪気が立ちぼり、あとには探していた中年女性がうずくまるようにして倒れていました。

後日、社長に聞いた話では、その時の女性は事業不振に悩んでいたファッション小売業関連の経営者だったのですが、ツアーに参加した直後から瞬く間に業績が持ち直し、今年は万年赤字からようやく脱出できたそうです。また本業の他にやっていた投資でも莫大な利益を出し、とにかく今のところツキまくっているというのです。
「方位術をやっているとね、毒出しという現象が起きることがあるんだよ。良い運気が入り込むスペースを空けるために、それまで体内に巣くっていたマイナスのエネルギーが噴き出してくるわけ。彼女の場合もそれだと思うんだ。とんでもないほど極端な出方だったけどね」
「私もあの釣り目の化け物は、女性に憑依していた悪霊だと思います。お稲荷さんとご眷属が追い出すのを手伝ってくださったんですね」
「うん、お稲荷さんって最高だね!」

社長は今年の秋も研修ツアーを計画しているそうです。もちろん行き先は同じ場所です。