旅先で遭った怖い話
~旅行添乗員・幽子の備忘録~

現役の旅行添乗員にして霊能者でもある女性が、旅先で体験した様々な心霊実話をお伝えします。心霊スポットとしても有名な観光地、霊が出ると噂されるホテルや旅館。

第2回

窓の外を歩く人たち……(群馬県K町)

霊能館公開

俳句同好会の親睦旅行に同行して、群馬県にある有名な温泉地の旅館に投宿した時のことです。午後十一時を回った頃、このツアーに参加している五~六十代の女性陣にいきなり部屋まで呼び出されました。ご婦人方曰く、「ついさっきみんなで寛いでいたら、いきなり窓越しに男に覗かれたのよ!旅館の人に言って、すぐに警察呼んでちょうだい!」「で、でもここ四階ですが」「きっと屋根伝いにでも上がってきたんじゃないの。とにかく覗き魔の変態に違いないわよ!」四人の女性のうち三人はいきり立ってまなじりを釣り上げ、残りの一人だけは布団にくるまってひたすらブルブルと震えていました。

怒る三人をなだめる一方で、布団から出ようとしないご婦人にそっと話しかけました。「あのぉ、奥様もその男をご覧になったんですか」「み、見ました」「どんな風体の男でしたか」「暗くてよく分かりませんでした。でも多分、年齢は四十代くらいだったと思います。それが普通に歩くようにしてそこの窓の外をゆっくり通り過ぎて行ったんです。だから警察なんか呼んでも無駄です。だって、そんなの人間じゃないでしょ……」私はうなずきながら、彼女が指差した窓から外を眺め回しました。言われた通りその一角には人が立てるような足場はなく、地上まで平面な壁が続いているだけでした。そのうちに残りの三人もようやく事態の異様さに気付いたらしく、一様に青ざめた顔になり「すぐに部屋を替えて!」とせがまれました。

ご婦人方にはひとまずロビーへ降りていただき、私はそのままフロントに掛け合いました。夜間当番の若い男性は困惑した表情を浮かべていましたが、彼が支配人に連絡するとすぐにOKが出て無事に部屋替えとなった次第です。それからわずか十五分後、自宅へ帰っていた支配人が車で戻り、丁寧な謝罪を受けました。「この度は御社の信用を損なうようなことになり、誠に申し訳ございません」「それはたぶん大丈夫です。幸い、今回の幹事さんは個人的なお付き合いもある方なので、私からきちんとご説明しておきます」「ああ、良かったです」「ところで私共も今まで何度もこの旅館を利用させていただいていますけれど、こんなことは初めてですよね。あの部屋に何かが出ることは前からご存知だったのですか?」

私が探るような目つきで訊ねると、支配人は頭を掻きながら正直に事情を話してくれました。「あの部屋というよりも、建物の南側全体でたまに起きることなんです」彼の話によれば一昨年、旅館の建物の南側部分を増築する形で一階から四階までの宿泊室数を増やしたところ、そこに宿泊した客から今回と同じような苦情を受けるようになった、とのことでした。少ない時で月に二、三回、多い時には毎週のようにそれが目撃されるようになり、地元の神社の神主やお寺さんを呼んでお祓いをしてもらった。しかし全く効果がなく、自分を含めた経営陣一同、頭を抱えている状態だというのです。

「女将や仲居、他の従業員たちもたまにアレを見ているんですよ。今夜は中年男だったらしいですが、子供や若い女が歩いていることもあるそうです。固く口止めしてあるので今のところ噂は広まっていませんが、このままだと商売に関わってきますので何とかしなくてはと思っているのですが」そこまで言ってハッと気付いたような顔になり、「そう言えば幽子さん、前に霊能者の知り合いがいるっておっしゃっていましたよね。できたらその方をご紹介いただけませんでしょうか」と平身低頭で頼み込まれてしまいました。

そのようなわけで後日、私の兄弟子に当たる杉田さんという男性霊能者を連れて、再びこの旅館を訪れました。現役の修験者として活動している彼はただ霊が見えるだけではなく、お祓いの技量も折り紙付きというまさに正統派の祈祷師です。私も今までその助けを借りたことが何度かあり、この人なら安心して任せられると思ってお願いしました。

待ち受けていた支配人と挨拶を交わした後、杉田さんはまず建物の周囲を見て回り、それが済むと今度は旅館内をくまなく歩き回りました。そして後を付いていく私に向かって急に振り返り、「幽子さん、分からない?」と訊ねてきたのです。「霊気自体は強く感じるんですが、具体的な霊の形は見えません。杉田さんは何か見えるの?」「見えるというかね、この旅館の南側をかすめる形で大きなエネルギーの流れが貫通しているのを感じるよ。つまり霊道だね、コレは」つまり建物を南へ張り出す形で増築したことで、元からある霊道に触れてしまったのが原因だというのです。

霊道というのはその名の通り、霊の通り道のことです。人や動物を問わず、肉体を失ったばかりの霊の多くは霊道の流れに沿って幽界へ移行していくとされています。私は未熟者ゆえ個別の霊を見ることはできても、霊道まで感知することはできなかったというわけです。「この辺は温泉が湧くだけあって地磁気のパワーも強いからね。そのエネルギーで霊道が活性化されて、普通の人でも霊が見えちゃうことがあるんだろうね」原因が分かったので後はご祈祷ということで、杉田さんの本領を存分に発揮してもらいました。行者の意念の力により、霊道の流れの位置をわずかに変えるという高度な技。それを間近に拝見することができ、私も大変勉強になりました。なおこの日以降、件の霊現象はピタリと止んだそうです。

後日談ですが、つい最近また杉田さんと会う機会がありました。その時に私が旅館の話をすると、「人為的に霊道の流れを変えても、しばらくすると元に戻っちゃうんだよね。だからあそこも数年したら、また窓の外を人が歩き出すと思うよ。でもそんなに悪質なのは通っていなかったみたいだから、その時はその時でオバケ旅館として売り出したら良いんじゃないかなぁ。岩手の座敷童が出る旅館みたいに、かえって客が殺到するかもしれないよ」そう言って豪快に笑っていました。