「四股地獄」
今年の春、お金のトラブルと痴情のもつれから、18歳の女の子が複数の男に拉致され、生き埋めにされるという悲惨な事件がありましたね。この犯罪の指示役は被害者の元同級生だった女でしたが、ネットの記事やテレビニュースでは、お気に入りのホストの取り合いが原因で問題がこじれた挙げ句の事件だと報道されていました。ホストとして働いている男性を中傷するつもりは全くないのですが、女性のお客さんから向けられる真剣な愛情をお金に換えるシビアな仕事というのはよくよく考えて立ち回らないと、思わぬしっぺ返しを食らうことがあります。しかも女性が発する念の力というのは、良くも悪くも男性とは比べものにならないほど強烈です。色恋沙汰で女の恨みを買う男は決して世の中で日の目を見ないというのは、私たち霊能者や占い師の間では半ば常識となっている事柄なのです。じつは今まで私は、複数のホスト男性から霊障に関わる相談を受けたことがあります。その全員に多くの女性客の生き霊が憑依していました。いずれも浄霊には成功したものの、結局ほとんどの相談者がホストを辞めてしまい今では別の職業に転職しています。男女に関わりなく生き霊に取り憑かれてしまうようなナイーブな魂の持ち主というのは元々、水商売には向いていないのでしょう。
さて前置きが長くなってしまいましたが、今回ご紹介するのは女性関係にルーズなある男性が辿った悲惨な末路です。このお話の主人公は英士さん(仮名)という俳優並の美男子で、当時の年齢は29歳。有名私立大を卒業後、都内の外資系代理店に勤める高給取りのエリートサラリーマンでもあったことから、常に女性関係が途切れることはなく、複数の相手と同時進行で付き合うということも決して珍しいことではなかったそうです。そんな英士さんが、新宿の街中でナンパしたのが女子大生の秀美さんでした。百戦錬磨の遊び人のテクニックに上京したての初心な女子大生は為す術もなく絡め取られ、わずか数時間後にはシティホテルでベッドイン。いつもなら一夜限りの関係になるはずが、たまたま英士さんは秀美さんのことを気に入ったらしく、その後も度々、逢瀬を重ねる仲となりました。そしてある晩、彼のマンションへ泊まりに行った時、秀美さんは恐ろしい体験をしたのです。
「深夜の1時過ぎ、バスルームでシャワーを浴びていたんです。そうしたら急に物凄い力で後ろ髪を引っ張られて」
秀美さんはそのまま床に引き倒されてしまいました。恐怖に凍りつきながらも必死で助けを呼んだところ、先に寝ていた英士さんが眠い目を擦りながら脱衣場に現れました。そこへ裸のまま抱きついて今起きたばかりの怪事を訴えると、小さな声で「またかよ」と吐き捨てるように呟いたそうです。
「またかよってどういうことよ!私の他にも同じ目に遭った女の子がいるってこと?」
付き合い始めて間もなく彼に複数の女の影を感じ取っていた秀美さんは、最前までの恐怖も忘れて食ってかかりました。しかし、英士さんの態度は極めて冷静で、
「そういうことも全部分かっていて、俺と付き合ったんじゃないの?嫌なら、別れても良いんだぜ」
などと逆に挑発してくる始末。それまで鬱憤が溜まっていたこともあり、彼女はマンション中に響き渡るような大声で彼を罵倒し始めたのです。するとその瞬間、秀美さんの罵声に重なってくぐもったような不気味な女の笑い声が天井の方から響いてきました。同時に室内の照明が一斉に消えて再びそれが点灯すると、目の前に仁王立ちしていた英士さんはいつの間にかフローリングの上にうずくまってそうです。その顔面は蒼白で、背中をブルブルと振るわせながら、何事か言いたげに秀美さんを見上げていたのだと。
「どうしたのよ」
「あ、足が……て、手も……引きつったみたいで全然動かねえ……へ、へんだよぉ、ひでみぃ、きゅうきゅうしゃあ、よんでくでよぉぉぉ」
その後すぐに救急車で運ばれた英士さん。残念ながら彼が自分の部屋へ戻ることは2度とありませんでした。検査入院していた病院の個室からある日、忽然と姿を消して現在に至るまで消息不明とのことです。
話を終えた秀美さんは陰鬱な溜息を吐きながら、スマホの画面を差し出してきました。
「これ、最後に彼を見舞った日に撮影した画像なんですが……」
言われて写真に目を遣った瞬間、私は絶句しました。そこには病室のベッドで大の字になって横たわる英士さんの姿がありました。顔は能面のように無表情で目は虚ろ。ただしその弱々しい眼光は、明らかに恐怖の色を湛えていました。また良く見れば大の字というよりは、むしろ磔にされたような格好と言った方が近いと思いました。なぜなら、彼の両腕、両脚の先は半透明の女の手指にがっちりと掴まれ、四方へ引っ張られていたからです。まるで彼の肉体を奪い合うかのように……。
「後で英士の知り合いに聞いたら案の定、私と付き合い始めた前後に他の女たちとも同時進行で付き合っていたそうです。しかもそれが四股、そこへ私を入れたら五股ですよ。怒りを通り越して、もう笑っちゃいますよね」
「これは良くない写真です。すぐにデータを破棄してください」
「それがダメなんです。何度、消去してもいつの間にか復元されてちゃうんです。仕方ないから今日にでも新しい機種に変更するつもりなんですが、その前に先生にだけは見せておこうと思って」
去り際に「彼は今、どこにいるんでしょうか」と訊ねられましたが、とっさに「分かりません」と嘘をついてしまいました。私の霊眼に映ったのは、どこかの海沿いの切り立った崖下でバラバラになって波にさらわれていく無惨な死体の姿でした。その肉片はきっちりと4つに分割されていました。
【教訓】
モテる男が必ずしも幸せになるとは限らない。女の愛情を弄ぶ男には、相応の報いが待っている。