「超肉食女子」
キヨミさんという女性から、恋人のことで相談したいと言われたのは、今から3年前のことです。私が予約制でやっている霊視ヒーリングの顧客だったのですが、鑑定の時にいつになく浮かない顔をしていたので、どうしたのかと訊ねると、
「最近、カレの様子が物凄くおかしいんです」
と漏らしたのです。
「あれって神経衰弱っていうんでしょうか?とにかくいつも何かに脅えてビクビクしている感じで、デート中も周りを見回してばかりでまるで上の空なんです」
詳しい事情を知らなかったので、
「そういうことはメンタルクリニックなどの医療機関に相談するべき」
だと助言したのですが、キヨミさんは首を横に振りました。
「どうも、そういうことではないみたいなんです。この前、カレの部屋にいた時、急に俺、祟られているかもしれないとか言い出して、ベッドへ潜り込んで出てこなくなっちゃったんですよ。気のせいか私も変な雰囲気を感じちゃって」
「変な雰囲気とは?」
「視線です。どこからか誰かにジッと見られているような変な感覚。女って他人の視線に敏感じゃないですか。その時も、他の女から自分のことを値踏みされているような感じがしたんです。カレに釣られて自分もおかしくなっていたのかもしれませんけど」
その後、彼女のスマホに入っている彼氏の写真を元に霊視を試みました。結果分かったのは、女の生き霊に憑依されているという事実でした。
うかつなことを言って2人の仲に亀裂が入るのはまずいと思い、キヨミさんには
「霊障を受けている可能性があります」
とだけ告げたのですが後日、今度は彼女を介さずに直接その男性から連絡がありました。
「キヨミには内緒で相談に乗っていただきたいんです」
そう言われ、都心の静かな喫茶店で本人と会うことになったのです。
キヨミさんの恋人の名はカズトさん。その憔悴した様子を一目見て、これはかなり深刻な事態だと察しました。本人の話を要約すると、先々月の初め、大学時代の仲間から合コンに誘われた。自分には恋人がいるといって断ったのだが、男側のメンツが足りなくて困っているからどうか頼むと泣きつかれ、しかたなく出席。するとその席で1人の女性と知り合って猛アタックを受け、酔いに任せて一夜の過ちを犯してしまったのだと……。
「本当にキヨミには申し訳なく思っています。でも、その女の子には、男なら絶対に抗えないような強烈な魅力があったんです。言い方は陳腐ですが、魔性の女っていうか」
とくに美人というわけではないけれど、濃密なフェロモンを周囲に撒き散らすとにかくセクシーな女性だったそうです。
「それで翌日の朝、ホテルの外で彼女とサヨナラして、そのまま出社したんです。そうしたら会社に着くなり、見ちゃったんですよ」
「何をですか?」
「その女の子がオフィスの窓の向こうに立っていたんです。20階建てのビルの窓の外にですよ!」
女性はカズトさんに向かってニッコリと微笑むと、宙を歩くようにして視界から消えたのだと……。
それからと言うもの、カズトさんは至るところでその女性の姿を目撃し始め、しまいには彼が住んでいるマンションのベランダにまで出没するようになりました。またその霊現象が起き始めた頃を境に、仕事で繰り返して致命的なミスを出してしまい、わずか2ヶ月の間に社内での立場が危うくなるような事態にまで至ってしまったのだと、顔を伏せて嘆いていました。
「こんなこと、とてもキヨミには言えません。他に相談する相手もいなくて、頭がおかしくなりかけていたんです。そんな時に先生の話を聞かされて……」
「その女性とは連絡を取ってみましたか?」
「もちろん。でもメアドも携帯も、なぜか着信拒否されていました。それで合コンに僕を誘った奴やその時の女子グループの幹事役だった子にも訊ねたんですが、住まいとか本名とかの詳しい素性は全然分かりませんでした。向こうも数合わせのために、知り合いの知り合いみたいな感じで呼んだ女の子だったそうです。ただ……」
「何ですか?」
「僕と同様にその子と一夜を過ごした男を見つけることはできました」
その男性はカズトさんの大学の後輩で、幹事役もメンツも全く別の合コンの席で偶然にも同じ女性と出会い、同じ形で誘惑されたのだそうです。カズトさんが1人の女を必死で探しているという話を人づてに知り、SNSを通じて向こうからコンタクトを取ってきたのだと。
「その男も僕と全く同じ目に遭っていることが分かりました。大の男が2人で頭抱えて、お祓いでもしてもらうかなんて真剣に話していたんですが、それからほんの数日後にそいつ自殺しちゃったんです」
重苦しい空気の中、私はふと異様な気配に気づき、彼と話をしていた喫茶店のガラス窓へ目を遣りました。するとそこにはいつの間にか、1人の若い女性が立ち尽くしていたのです。ストレートのロングヘアーに、胸元が大きく開いたミニスカートの黒いワンピース姿。切れ長の瞳を妖しく輝かせて、私たちの席の様子をじっと見つめていました。カズトさんも彼女の存在にすぐに気づき、声を震わせて縋る目を向けてきました。
「先生、アレ見えますか。見えてますよね……」
「ええ、見えます。普通の人間の生き霊だと思っていましたが、どうやら違うようです」
その後、カズトさんには長期休暇を取ってもらい、約2週間、私が懇意にしている山の道場に籠もらせて滝修行をさせることで何とか女の霊を祓うことができました。現在、彼はキヨミさんと結婚して幸せな新婚生活を送っています。さて、肝心の女性の正体ですが、見た目は普通の人間です。たぶん、今も夜な夜などこかで同じ行為を繰り返しているのでしょう。どういう経緯でそうなったのかは不明ですが、彼女は吸精法と呼ばれる特殊な呪術を身につけており、肉体関係を結んだ男性からその運気と精気を根こそぎ吸い取ることができるのです。その生き霊にまとわりつかれている間、男性はずっと気を抜かれ続けて最後には心と身体に異常を来します。カズトさんが会った時、見た目は20代の前半に見えたそうですが、恐らく実年齢はその倍以上でしょう。男性の精気を吸って、若さを保持しているわけです。人間の女の形をした魔物です。
【教訓】
自分から積極的にアプローチしてくる肉食女子に注意!相手に運を吸い取られて悲惨な目に遭うかもしれません。