見えるひと

ごく普通の大学生活を過ごしていたところ、普通では見えないものが見える同級生K子と出会ったことで、様々な心霊現象を体験し始める。最初はそれまで縁のなかった霊という存在を怖がるだけだったけど、体験するうちに自分たちを取り巻く霊に興味が湧いてきて……。

第5回

恐ろしいもの

霊能館公開

昔の話。
仕方ないなあという顔をしたK子の誘いのまま、近くの古い喫茶店に入った。頼んだアイスコーヒーが届くと、K子はゆっくり話し始める。

「おもしろい話じゃないけど、いい?」
「話してもらえるなら」
単なる好奇心とK子のことを知りたいという気持ちと、どちらが強いのか計りかねたが、とにかく聞いてみたかった。
「“見えていた”のは本当に小さな頃から」
K子はアイスコーヒーを一口飲み、話を始めた。
「普通に見えていたから、それが他の人には見えていないって知った時はすごく驚いた。そして、それからは何を見ても絶対に口にしないようになった。……変な目で見られるしね」
見える奴には見えるなりの苦労があるのだとはなんとなく想像していたが、はっきり聞くと重いものがあった。
「普通の人のふりをして、なるべくそれらとも関わらないようにしていたんだけど……中学生の時に、それが起きたの」

K子が中学生の時、通っていた中学で「こっくりさん」ブームが起きた。子どもの遊びで、大概が無意識でコインを動かしているお遊びみたいなものだったらしいが、時々本当に霊を呼び出してしまっているものもあり、K子はあまり関わらないようにしていた。けれど、K子と仲のよかったM子がはまってしまう。M子が何度もこっくりさんを呼び出す中、K子は誘われても見ているだけにして、危なそうな時はなるべく早目に終わらせるようにしていたのだが……ある日M子はタチの悪い霊を呼び出してしまう。低級霊であった、野生の動物の霊。

最初はM子とクラスメイトの質問に素直に答えていた霊だったが、次第に言うことを聞かなくなり、ついには帰らなくなった。焦るM子たちの傍に薄気味悪く纏わりつく動物の霊は、K子にはかなり恐ろしいものに見えた。そしてその霊は、帰る代わりに交換条件を持ち出す。「学校の裏山にある、古い祠にお供え物をすること。」裏山に入ってはいけないという規則があったけれど、帰ってほしいという思いの方が強く、M子たちはYESの返事をして霊を帰した。その時はM子もクラスメイトも、取り憑かれることもなく無事でよかったと喜んだのだが。問題はそれからだった。

「その祠が曲者だったの」
K子が眉をひそめた。当時を思い出し、さっきからずっと苦い顔をしている。
「規則を破るのは嫌だってことで、結局こっくりさんをしていたメンバーで行くことになったのはM子だけ。でも1人行くのは怖いから一緒に来てって言われて、私は付いて行くことにした」
「そんな規則を破るくらい、簡単だろう」
「真面目な子が多かったのよ」
でね、とK子が話を続ける。
「お供え物のお菓子を持って、M子と一緒に裏山に入った。山というより傾斜のある雑木林って感じなんだけど、入った瞬間から嫌な感じがして……進めば進むほどそれが強くなった。そしてもうこれ以上進みたくないと思う頃に、それが見つかったの。雨風にさらされ、今にも朽ち果ててしまいそうな祠。半分取れそう見えた扉には御札が貼ってあって……禍々しいオーラを感じた。こっくりさんで呼んだ低級霊なんて目じゃないくらいの」
ごくりと、口の中に溜まった唾液を飲み込む。その不味さを消そうとアイスコーヒーに手が伸びる。
「祠に近付く前に、M子にやめようって言ったんだけどね。M子は特に何も感じていなかったみたいで、ずんずん進むと祠の前にお供え物を置いた。そして、どうしてそんなことをしたのか今でもわからないんだけど、祠の扉を開いたの。まるで何かを封じるかのように貼ってあったお札が破け、その瞬間……グニャリと空間自体が歪んだ。祠の中から黒い霧が出てきて、その霧の邪悪さに心も体も押しつぶされそうになったわ。ここにいてはいけない、逃げなきゃってM子の方を見たんだけど」
K子が一旦口を閉ざし、悲しそうな顔をした。
「茫然としたM子の様子がおかしいのがわかった。白目を剥いて、体を小刻みに揺らしている。揺れ方も尋常じゃなくて、動物みたいなの。白い泡を吹いたM子の口から低い、地響きのような声が聞えたところが限界だった。とにかく怖くて怖くて、今まで一度だって味わったことのない恐怖に、逃げ出した」
「……」
「M子を置いて逃げ出すなんて最低だと思うけど、その時は何も考えられなかったのよ。家まで逃げて帰って、高熱を出した。ここは前に話したよね?そうして寝込んだあと、私は私で霊障に悩まされ、結果Y川さんと出会うことになるんだけど……」
「……M子は?」
急に黙ったK子におそるおそる尋ねてみる。
「……M子だけどM子じゃないものになった。体が別のものに乗っ取られて、最後は転校して行ったわ」
仲のいい友達が悪霊に体を乗っ取られたと、悲しい顔をしたまま、だけれど淡々と語るK子。こうやって話せるようになるまでには、色々とあったのだろう。
「危ないところに行ってはいけない」という言葉を、ゾッとする思いの中思い出していた。